なんかよくわからんがすげーくちびるがあれる。
夏も冬も全然変わらない。
ちょっといい値段の買ってみたりしてもあんまり良くならない。
ググってもすげーいっぱい情報出てきてどれがほんとかマジでわかんねー。
なんか良いヤツ知ってる方教えてください。。。
なんかよくわからんがすげーくちびるがあれる。
夏も冬も全然変わらない。
ちょっといい値段の買ってみたりしてもあんまり良くならない。
ググってもすげーいっぱい情報出てきてどれがほんとかマジでわかんねー。
なんか良いヤツ知ってる方教えてください。。。
シェアハウスの共有部ではモノが行方不明になることがよくある。
別に誰かが持って行ったとかじゃなくて普通にどこかへ消えてしまうだけで、別に不思議だとは思っていない。
とはいうものの、無いと不便なものもあるので可能な限り供給するようにしている。
ことさら電源ケーブルなどは使用頻度と故障率が高く、かなりの回転率を誇っている。
毎回iPhoneのケーブルは安いところを探しては複数まとめて購入している。
安かろう悪かろうという部分はあるのかもしれないけど、1ヶ月持つか持たないかの環境で使われているのでまあ仕方が無い。
ああ、あとは缶コーヒーも買わないといかん。。。
(わかる人にしかわからないかもごめんなさい。)
動画の仕事があって、元素材一式をHDDで納品してきた。
総量としては300GBくらい。
一応可逆的というか、何かあった時に元に戻れるように全部残したのでちょっと大きすぎるかもしれないけど保険だと思って全部入れておいた。
このファイルサイズだとさすがにネットが速くなってもすべての仕事をリモートで行ったり、一度も誰とも顔を合わせずに仕事を終わらせるというのは難しいのかもしれないと思った。
去年、いや、もう一昨年になってしまったけど、Final Cut ServerとMac OS X Serverを組み合わせて、複数人で共同かつ同時に動画を編集できる仕組みを構築した。
いわゆるHDの素材もサーバー側が自動でプロキシファイルを生成し、ある程度スペックの低い環境でも編集ができるようにして、わざわざみんなに高いパソコンを買ってもらわなくてもよくなったし、納品もFinal Cut Serverのクライアント側からPushしてもらうだけでHDのタイムラインがサーバー側で完成されるようにしていた。
惜しくもFinal Cut Serverはディスコンになってしまい、今はもう使っていないけど、それは今後アップデートされないものを使い続けることが嫌だったから。
アメリカやヨーロッパはともかくとして、日本でのFinal Cut Serverの広まり方は異常とも思えるくらい低かった。
それはただ単に機能的な問題ではなくて、「分業」という概念が日本人の血の中に流れていないからだと思う。
あとはある程度年齢層が上の人達は、自分たちが使ってこなかったものを受け入れたり新しく覚えることを強く拒む傾向にあった。
どんなにネットやデータで納品しても、DVDやテープなどの物理メディアを要求してきた。
どんなに説明しても耳を貸してはくれなかったので、ボクもそれ以上説明することはやめた。
そうやって半ば自然的に芽は摘み取られていった。
それが自分には気にくわなくて半分意地でFCPの分業システムを導入したけど、結果うまくいかなかったというか物事を分担して作業するという事を人に伝えることができなかった。
最近はWEBだったり、プログラムだったり、ファイルサイズも軽い仕事が多いのでそういう心配はないけど、一番大事であろう人間的部分はその頃とあまり変わっていないのかもしれないと思う。
Apple – Support – Final Cut Server
とりあえず銀魂風なタイトル。
いわゆる「訳あり」品をネットで安く購入して万屋ドリンクとして運用している。
主に起きてからと寝る前に飲む缶コーヒーがそれに値する。
コーヒーを飲むと寝られなくなるじゃないかという意見もあるけど、ボクは徹夜やそれに近い状態で寝てはいけない時にコーヒーを飲むという条件反射の反射からか、コーヒーを飲むと眠くなるという変な体質がある。
他にもカルピスソーダの500ml缶も万屋ドリンクと呼ばれていたりする。
これはレッドブルなどに代表されるブースター的な要素が多い。
大きなサイズの缶が100円で買える自動販売機を見つけた時はとてもうれしい。
ボクの周りは何でもそうなのだけど、相変わらず自分で名前をつけたものはほとんど無く、誰かが自然に呼び出したりしていつの間にか定着していくところがおもしろい。
最近は「歌舞伎」が流行っている。
なんかよくわからないけど背広のいかつい人がオレを探しに来たとのこと。
自分はたまたま上のリビングにいて、ルームメイトが機転を利かせて追っ払ってくれた。
ありがとう。
いやはや、物騒な世の中になってきたもんだ。
こういうことされると余計にだるくなるからやめてほしい。
なかなかの数字をたたき出しましたね。
うーむ。
しがない。
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楽天銀行
ジャズ支店
支店番号 201
口座番号 3968481
阿部雄一(アベユウイチ)
ちょっと前に書いたエントリーに関してまだ集結していないので中間報告。
いや、まだ中間かどうかもわからない。
「自立支援医療(精神通院医療)にまつわるダークスパイラル」 | 臨海戦術
一昨日病院に行ったのだがこれまた1万円近い薬の請求で、今度は金を借りられずに薬はもらわないまますごすごと帰ってきた。
なんのための電車賃・・・
何度折れたかわからないココロを再び復活させて役所に転入の手続き、そして自立支援の届け出。
転入届に関する諸々は滞りなく終わった。
だがしかし、その後保健所に行くと保険証が来るまで申請できません&前の住所の区役所に行って課税証明書取ってこいと。
いや、電話した時いらないって言ったよなぁ。しかも同じ担当の方だぞ。
薬無いと命に関わると平身低頭、土下座の勢いでお願いするものの決まりは決まり。「それはどうしようもないですねえ」。以上。Done。No more talk。
仕方ないので明日役所に行って非課税証明書とってくるが、保険証はしばらくこないよなあ。
現在ある選択肢は2つ、
1.薬飲まないで我慢して耐える(経験上3日くらいで発狂する)。
2.バカ高い金払って薬買う(さらなる多重債務)
結果 ー 金ない&これ以上借りられないので消去法的に2。
結局お金ない&精神的に動けない外出できない人はそういう補助も得られないという、なんのためにあるのかわからない本末転倒な仕組みになっていて、これはさすがに何かしらの狼煙を上げざるを得ない。
これは個人としても万屋としてもだ。
周りに同じような苦労をしている人がいるだけにこれは他人事ではなく、しかも慈善活動でもなく、もはや戦争といっていい。
さあ、戦いを始めようじゃないか。
数年前から自立支援医療(精神通院医療)という制度を利用している。
指定の医院と薬局でのみ医療費が控除されるという仕組みなのだがこれがかなりややこしい。
まずは取得が大変。
医師の診断書をもらうのに数千円かかる。
さらに自治体の福祉事務所に行って手続き。
ここでも色々あるがもはや説明するのもだるいので省略。
先週病院に行ったところ、突然1万円近い請求を言い渡され、そこで自立支援が期限切れになっていた旨を申し渡された。
事前に言ってくれよと思うがそれは向こうの都合なので仕方ない。
自分は無職無所得なのでとりあえず医者に金を借りることでその場はしのげたものの、これを更新してもとの状態に戻すにはまた診断書の数千円と、申請してから受理されるまでの間の通院費が毎回1万円近くかかるという無限地獄。
そもそも病院に足を運んだり役所に手続きに行くこと自体が難しいから精神通院医療を受けて薬を毎日何十錠も飲んだりして、どうにかこうにか通院を続けたり息をしたりしているわけで、経済的かつ精神的にこれすらかなわない人(自分を含む)はどうすんだよ、どげんかせんといかんだろ、と。
まあ、ここで書いてもどうにもならんわなあ。
一度だけ、福祉事務所でそんな内容を相談したら「クニへ帰れば?」と一蹴されたのを思い出してさらなるため息。
数年前に、どこか遠くへロケに行った時に、地元の定食屋の壁に手書きで書いてあったのをメモしてきた。
調べてみると地方や世代によっていろいろなパターンがあるようだった。
いずれにせよ耳が痛い。
一、高いつもりで低いのは 教養
低いつもりで高いのは 気位
一、深いつもりで浅いのは 知識
浅いつもりで深いのは 欲望
一、厚いつもりで薄いのは 人情
薄いつもりで厚いのは 面の皮
一、強いつもりで弱いのは 根性
弱いつもりで強いのは 自我
一、多いつもりで少ないのは 分別
少ないつもりで多いのは 無駄
一、長いつもりで短いのは 一生
短いつもりで長いのも 一生
なんとなく昔のことを思い出したので記録しておく。
海外に住んでいた時は、男女を問わず、基本的に誰かと一緒に住むことが多かった。
自分だけではなくて周りもそうだったと思う。
大抵の場合、仲の良い友達同士で一緒に住み始めるものの、数ヶ月たってそれが続いていることは皆無に等しく、ほとんどが引っ越ししているだけではなくて、以前のように仲の良い関係ですらなくなっている事だった。
ひたすらくっついては離れ、くっついては離れという繰り返しを横目に、自分自身もそうしてきた。
それでも人は同じ事を繰り返し続ける。
お酒で二日酔いになった時に、もうお酒は飲まないって誓うけどすぐにそれを破ってしまうのに近い。
喧嘩して怒っては寂しがり、また怒っては寂しがる。
もちろん理由はそれだけではないし、そうじゃない人たちだっている。
家の中でも、学校でも、会社でも、結婚しても、子供ができても、きっとそういう小さな連鎖は気がつかないところで続いていて、何かの拍子に具現化する。
予測なんてできやしないし、もしできたのならばみんな嫌な思いを繰り返す必要だってない。
それでも自分は周りの仲間と笑って暮らせるように、自分にできることは続けていくだろう。
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