「乙武さんの騒動に便乗して、精神の障害者が今の社会でどう生きづらいか書いてみる」
ここ数日どこを見ても乙武さんのことばかり。
まあ、やり過ぎな感は否めないもののどうしようもないですね。
ここでは僕を始めとして、精神面でなんらかの障害を持っている人がどれだけ今の社会で生きづらいか挙げてみようと思います。
まず、フツーに病気がしんどいです。
動けません。
だいたいは死ぬことを考えています。
会社の中では生きづらくなります。
だって動けないし働けないし。
なったことのない人には非常に理解しづらいもののようです。
結果的に休むか辞めざるを得なくなります。
復職は非常に難しいです。
じゃあどうやって生活するか。
僕は職安の職業訓練のプログラムに申し込みましたが、そもそも出席しないとお金ももらえないし単位も認可されない仕組みで、一日の半分も動けない自分にとっては到底無理だと思ったし予想通りにお祈りの手紙が速攻で届いた。
次は生活保護の申請に挑戦してみた。
この時点で前年度の収入は40万円ほどの暮らし。
結果的には両親が健在という理由で断られた。
窓口の担当の人からは国へ帰れと言われて腹が立った。
twitterやFacebookで双極性障害のことをカミングアウトした。
それを見た会社のいくつかから契約を切られた。
症状はさらに悪くなる。
収入はゼロで借金ばかりが膨らんだけど、SNSでは病気の仲間が増えた。
寝るかインターネットするかの生活がつづく。
2年半くらい前にシェアハウスに引っ越したのが良いきっかけになって僕の場合は少し症状が良くなった。
けど、ほとんどの人は活路も希望も見いだせないまま死にたい死にたいと心の中でつぶやきつづけている。
飲食店には入店拒否されないかもしれないけど、社会全体から拒否されている感じしかしないので外出も困難。
そういう人たちが、毎朝の満員電車の中にいったい何人くらいいるだろうか。
決められたレールの上を歩き続けて、結果的にそのレールに飛び込んでしまうくらいなら全部投げ出してもいいと思う。
生きてなかったら飲食店に入って美味しいものも食べられない。
「親指シフトを始めてほぼ一年が経った」
気がつけば親指シフトを始めてから一年が過ぎようとしている。
@shiology 先生に影響を受けて、導入に一年ほど悩んだ。
それ以降、一度もローマ字入力はしていない。
親指シフトの設定に関しては今だ試行錯誤中ではあるものの、大東さんのorzレイアウトのおかげでMBPの純正キーボードでもかなり打ちやすい環境になってきた。
万人におすすめできる入力方法ではないものの、コードを書く機会が減って日本語を入力する機会が増えた僕にとっては現状最適な方法だと思っている。
望むべくはHHKBを手に入れてさらなる環境の向上に努めたいところであるが、いかんせん軍資金が足りなすぎる。
「何が本当なのか」
わからなくなってきた。
僕は信ずる道を本当に進めているのだろうか。
全然わからない。
自分の生活もままならないのに、人の世話ができるのか??
口先だけで何も成すことができていない。
どんなに卓越した技術をもってしても、しかるべき場所で使わなければなんの意味もないタダのゴミだ。
そしておれは路傍のクソ虫だ。
「進めども進めども、仲間は次々去りにけり」
なんか腑に落ちないけどとりあえずアップしてみる。
この数年間、シェアハウスや万屋や千屋を通じて知り合ってきた何十人もの仲間と行動を共にしてきた。
年も性別もバックグラウンドもバラバラだけど、何かひとつの目標に向かって一緒に歩んできた。
少し抽象的な表現をすると、絆のような言葉にしづらいものがお互いの中にあったと思ってる。
仕事がなかったけど就職が決まったり、働けないような心身状態から回復して働けるようになったり、いい意味での別れや卒業はたくさんあった。
でも、そうでない別れもたくさんあった。
とある日から仲良くしてくれなくなったり連絡がとれなくなったり、文字通りふとどこかへ消えてしまう。
その人の中にどういう感情や理由があってそうなったのかはわからないけど、単純にとても悲しい。
どういうわけか、今の世の中にはSNSという便利で時には不便な仕組みがあり、それを通して去ってしまった人達が何か楽しそうにしていたりする場面を見ると自分の何がダメだったのか嫌だったのかとても気になって仕方が無い。
気にしなければいい、見なければいい、という意見もあるけど、僕は彼らが僕といた時の事を忘れずに覚えているからやっぱり気になってしまうし、半端じゃない自己嫌悪に陥る。
仕事の面でも同じで、僕は誰かを無理に縛り付けたりすることが得意じゃない。
別に富や名声のために仕事をしているわけじゃなくて、誰かのために役に立つ事をなんでも良いからしたいというだけで、それゆえに純粋な善意で手伝ってくれる人が多く、僕は命令や指令という形で彼らに何かを押し付ける事は絶対しない。
お金という概念は必ず介在するけどそこに不満があれば伝えて欲しかった。
他にも気に入らないところがあれば、ふわっといなくなるより罵詈雑言をぶつけて欲しかった。
無論、仕事は完遂しなくてはいけないので何らかのカリスマ性や強制力は必要なのかもしれないけど、自分にはそれがない。
だからいつの間にかそばから誰かがいなくなってしまうし繋ぎとめる事もできない。
その繰り返しでどんどん自分の心は摩耗してしまうけど、それでも周りの誰かのために何かがしたい。
ただただどうしようもない事の繰り返しだ。
動けども動けども仲間は次々去りにけり
すさみ進めど
我が胸のうち
「リモート(遠隔地同士)での飲みや打ち上げをどうするか」
僕が関わっているプロジェクトはほぼ100%リモート環境である。
同じ場所や時間に集まらず、メールやプロジェクト管理ツールなどでコミュニケーションをとりながら仕事をすすめていく。
顔を合わせたことがない人も何人もいるし別にそれに対して僕は抵抗を覚えない。
逆に五分十分で終わる話のために電車賃を払って貴重な時間を奪われる方がよっぽど悪い。
リモートでの難点を仮に挙げるとすれば、雑談が発生することが少ない。
同じ会社内だと、「そういえばさ〜・・・」というような会話がうまれやすいが、リモートだとついつい伝えるべき内容だけの会話で終わってしまいがちだ。
さらに言うなれば飲みや打ち上げなどの場がない。
連帯感が生まれづらい。
例えば学校だと、クラス替えの後に泊まりの旅行があってそれがきっかけでみんなが仲よくなったり、会社でも研修などで連帯感が強まったりする。
じゃあリモート状態でどうやってプロジェクトの打ち上げをやるかというと、これまたリモートでやるしかない。
幸い、我々には遠隔地同士で円滑なコミュニケーションをとるという得意技がある。
音声チャットなりビデオチャットで同じ時間にログインすれば、各々が話しながらご飯を食べたりお酒を飲んだりできる。
それだけではつまらないので、これに加えて嗅覚にうったえるデバイスなんかもいつか登場してくれれば大変ありがたい。
インターネットを介して肉のにほいがただよってきたりしたらなんかかっこいいではないか。
ヘッドフォンも3Dで右の人と左の人の会話が聞こえてきたりとか。
でも本当は、飲みとかはどうでもよくて、メンバー同士が普段からなんとなく会話しているような関係性であって欲しいということ。
仕事そのものは半分くらいであとの半分が雑談で全然構わないと思うし、健全なアウトプットのためにそれくらいの精神的余裕を持ってプロジェクトに関わってほしい。
別に会社員だからってみんながみんな休みもなしに働き続けているわけじゃない。
もし仮にすごい儲かったらみんなの時間と労力をわけてもらって全国一同に介するような盛大なパーティーを催して全財産を使ってみたい。






